三十三間堂のすぐ北が京都国立博物館、そしてその北隣にあるのが方広寺。
ここにある大きな梵鐘は「国家安康」の銘が刻まれていることで知られている。それに関するエピソードはつぎのとおり。(11月発売『京都魔王殿の謎』より抜粋)
「秀吉の死後、豊臣政権は崩壊し、徳川家康が天下統一をはたして江戸幕府が開かれたわけですが、それでもなお家康は、豊臣家の逆襲を警戒しつづけておりました。(中略)
そんな家康の不安を察した側近の儒学者・林羅山と禅僧の以心崇伝が画策して、方広寺の梵鐘にとんでもないイチャモンをつけました。(中略)
この梵鐘に刻まれた銘文の中に『国家安康』『君臣豊楽(くんしんほうらく)』という言葉があるのに林羅山らは目をつけ、『国家安康』は家康の『家』と『康』を分断したものであり、『君臣豊楽』は豊臣家の繁栄を祈って、徳川家の凋落を望むものだとして、豊臣家に対して難癖をつけたんですね。
そして、そこからはじまる徳川家対豊臣家の対立が、やがて大坂冬の陣から夏の陣を引き起こし、ついには豊臣家の滅亡となってしまうのです」
上記の写真は15年前の1996年10月に実際に京都で行なわれた魔界ツアーの一場面(カッパノベルス版掲載写真より)。
中央、メガネをかけておられるのが「魔界案内人」と称してこのツアーのガイドをなさった松木さん。そう、「魔界百物語」に登場する魔界案内人・一柳次郎のモデルである。